コラム

2014年5月8日

「枯木寒巖に倚る、三冬暖気無し」と云い放って美人のお手伝いの若い女性を撥ね除けた様子を襖を薄目に開けて隣りの部屋から覗いていたお婆さんは、飛び出して来て僧侶を口ぎたなく罵って外へ追い出しただけでは足りず、邸中に塩を撤いて清めたのですが、それでも足りずに家に火を放って燃やして終ったのです。
実は、このお話しはこれで完って居ります。

お経の中では縷々こう云う手法で話しは進められて居ります。おシャカ様が公案を出す章が終ると、次の章でお弟子さんが「わたくしはおシャカ様の仰言ったことを、このように理解いたしました」とお応えするのです。

このお話しは私達に突き付けられた公案です。ですからわたくしが答えを出さなければなりません。凡庸な考えしか持たないわたくしは「若いのに何と立派な、これぞ僧侶の鑑である」と思っています。若い女性に寄りかかられて「ネエ、わたしをどう思う」なんて云われたら、途端にグニャグニャになってしまうこと請け合いです。こんな毅然たる態度をとるなんて全然自信がありません。 だからこのお坊様は立派だ、僧侶の鑑だ、と思うのです。然し、この公案を出した主の期待した答は別にある様です。

わたしは、日蓮宗の総本山の身延山で行なわれた仏教伝導協会主催の研修会に講師として招ばれた時にこの話を紹介した後で、結論として次のように答えを出しました。お婆さんは、若いお坊さまが今、眼の前に居る美しいお手伝いさんの、若くて美しいも見えない者に、ひとの醜さも、ひとの真の清らかさも、世の中の正しいことも、世の中の邪しまなことも分らぬ、似せ坊主だ、と見抜いたのです。こう講話を結んだ時、仏教各宗派から集まった百名程のお坊さまから一斉に拍手が沸き起こりました。

この一部始終は月刊誌「大法輪」に掲載され、おそれ多くも翌年の仏教伝導教会賞の詮衡委員に指名されてしまいました。 わたくしは、だから青々と頭を剃り上げてやたらとひとを見ては合掌しまくるお坊さんを売り物にして居る今の大部分のお坊様は嫌いです。

真了寺を訪ねて下さい。頭髪はだらしなく伸び放題で櫛も当てた風もなく、何日洗濯したかも判らないジャージを汚く着込んだ老人が急しげに竹箒を使って居る姿が見られたら、それがわたくしです。この稿で住職の自己紹介を終ります。

2014年3月24日

女中さんは年令三十才で色白で眉目秀麗「楊貴妃も斯くや」と思われる程の美形でした。この美人が薄っすらと化粧をしておもてなしのために他所行きの上等の着衣を纏った姿で 若いお坊さまの為に足濯ぎの桶に水を汲んで長路の歩行で汚れた両足を甲斐がいしく洗って 拭いて、そして家に上っていただいてお仏間に案内してご回向をお願いしました。流石に毎日のご修行で鍛えられた若いお坊さまは立居振舞と云い、勤経の音声と云い、 例えようもない立派なものでした。

仏間の襖をへだてた隣りの部屋では、お婆さんと娘さんが少し開けたすき間から見て、 感心しながら手を合せてご主人十三回忌に当ってのご冥福を祈っていました。

やがてのことに読経の声が止むと女中さんはお供えした心を尽したお料理の全部をお坊さんの前に並べて「このお料理は全て家族が主人のつれあいの法事のために四方を探ねて食材を求め、三日の日を掛けて料理したものです。どうか召し上っていただくように、と云いつかっております のでお口に合うか、どうか判りませんがご供養のためですから箸をお付け下さい」とすすめました。お坊さまは大層喜んで心のこもった料理を一箸ひとはし口に運びながら美人の女中さんの話に 合槌を打ったり、毎日の修行の話をきかれるままに話したりしておりました。

美味なお料理が半ば腹中におさまった頃は若いお坊さまと、美形の女中さんは余程打ち解けて談笑する 迄になりましたが、この時女中さんは耳打ちされた。ご主人の云い付けに従って、若いお坊さんにもたれかかって甘い声で「ネエ、このわたしをどう思う」と誘ったのでした。

この行為を受け、声を耳にした若い修行中の立派なお坊さまは、女中さんの身体を押しのけるとスックと立ち上って言い放ちました。

その言葉が冒頭に掲げた「枯木寒巖に倚る、三冬暖気なし」でした。如何に装っても私の目にはあなたは枯れ木にしか見えません、修行精進している私の身に迫っても、私の心を動かすことは出来ません。とドーンと突き放したのでした。

さあ、それを隣室から凝視して居たお婆さんは何としたでしょうか。矢庭に襖を激しく開けたお婆さんは「こんな穢らわしい坊主とは思わなかった、一刻も早くこの家から退散して下さい」と怒鳴ると戸外に追い出しました。坊さまの姿がなくなると、大量の塩を撤いて家を清めましたが、それでも足りずに、その家に火を放って焼いてしまったのでした。これが仏語の「倚枯木寒厳、無三冬暖気」の物語りです。

2014年2月18日

三度目の「お坊さま、おねがいがあります」と声を掛けようと、その声が喉まで出かかった時、 通り過ぎてしまわれるのかと思った若いお坊さまは歩を止めて「何かご用でしょうか?」と涼しい声をかけて給れました。
お婆さんは掌を合わせた侭お願いの向きを申しました。

「実は私のつれあいの十三回忌の命日が明後日ですが、ご面倒でも隣り街の我が家にお出で下さってお経をあげて頂きたいのです」と、至誠を顔にあらわしてお願いしました。

実はお婆さんには一粒だねの娘が居り、家事手伝いの女中さんと三人暮らしでした。戻ってきて二人を招んで「明後日のお父様の十三回忌には立派なお坊さまがお出でになってご回向を賜わるのだから、充分の御供養をさせていただかなければならない」と告げて、早速準備にとり掛りました。

勿論、殺生戒にふれる動物の肉や魚や、ニラ・ニンニクの類は避けて、清浄野菜で数々のお料理を造り、餅米を石臼で挽いて、シン粉にして中に餡を入れて蒸し団子にして等々、家の三人の女性が心をこめて料理が出来上ったのが丁度三日目の当日でした。ご馳走の全てをお皿に乗せたり、お椀に盛ったりしてお仏壇の供え机の上に並べ終えると、お婆さんは女中さんに云い付けました。

「もう間もなく立派なお防さまがみえるでしょう。そうしたら私は娘と隣りの部屋に隠れますから“主人は急な用事が出来て隣りの街まで出掛けましたので宜しくお願い致します”と云うのですよ」と伝えて、更に女中さんの耳許で何かささやいて隣りの部屋へ一人娘と移ってしまいました。

間もなくのこと、青々と剃除して、真っ白な清潔な着物の上に墨染の法衣を着けた若い立派なお防さまが、この家の玄関の戸を開けて、来意を告げました。女中さんはかねての云い付け通り「主人はお坊さまに来ていただくのをそれはもう楽しみして居られましたが、実は急な大切な御用が出来まして、隣り街まで出掛けました。そんなわけで施主の主人が不在でまことに申し訳もございませんが、留守中にお坊さまがお見えになるから十三回忌のご回向は是非お願いするように、と伺っておりますので宜しくお願い申し上げます」と鄭重に申しました。

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